運動ができる、勉強ができる。持っている才能は人それぞれです。
しかし、才能だけでなんでもうまくやれている人はいません。
才能を開花させるための努力ができるかどうかというのも、才能の一つなのだと思います。
努力とは……
努力という言葉はよく聞きますが、努力とはいったいなんなのでしょうか?
ある目的のために力を尽くして励むこと。「―が実る」「たゆまず―する」「―家」
努力−コトバンク−
人の行動には、人それぞれあらゆる目的があります。夢を叶えたい、お金持ちになりたい、遊んで暮らしたい。したいと思うことは目的です。そして、その目的を叶えるためにするのが努力です。
逆に、したくないことには目的はありません。目的ではなく、感情でしたくないと思っているからです。
辛い、疲れる、大変、面倒、つまらない。やらない理由は全て感情なので、したくないことをやらないための努力など必要ないわけです。やりたくないならやらなければいいだけですから。
本当は誰もが才能を持っている
では、目的を達成させるために必要なものとは何でしょう。それは、目的を達成するための才能です。
才能というと、持って生まれたものであり、限られた人間にしか与えられていないと思われがちですが、そんなことはありません。誰もが、持っているものなのです。
こんなことを言うと、多くの反論を受けそうですが、この話には続きがあります。誰もが持っている才能ですが、それは誰もが簡単に使えるものではないということです。
一般的に言われる才能がある人というのは、持っている才能が発揮しやすい人というだけです。才能を発揮できる出口があるとすると、その出口付近に才能があったから発揮しやすかったということなのです。
人によって才能が隠れている場所は様々です。出口付近にある人もいれば、奥の方に隠れている人もいます。なんとかしてこの才能を出口から出したい。そのための手段が努力なのです。
努力とは持っている才能を発揮し維持する手段
努力とは、己が持っている才能を解き放つ手段です。才能があると言われる人は、持っている才能を上手く解き放つことができた人ですし、まだ才能を活かせていない人は、上手く解き放つことができていない人です。
また、努力とは、才能を発揮したあと、それを維持する手段でもあります。才能を発揮しただけで満足する人は、その才能を維持することはできません。
何の努力もせずに才能を発揮して、維持している人はいません、もしそういう人が周りにいたとしても、その人は誰も見ていないところで、努力をしている人です。
努力できる人は自分を信じられる人
人は挑戦したら報われると分かっていることに対しては、進んで挑戦します。しかし、報われないかもしれないと疑問に思ったところで、その努力を継続するかどうか悩みます。
結果が分かっているのであれば、何の疑問も持ちません。結果的に得られるものと、得るために必要な努力を天秤にかけて、得るものの方が大きければ、努力を続けることを選びます。
無駄になることを進んでする人はいません。無駄になるかもしれない、無駄だと思った瞬間に、人は努力をすることを止めてしまいます。
努力ができる人は、目標を達成することを疑わない人です。自分は達成できる、やりたい事が叶うと信じて疑わない人が、努力を惜しまず目標に向かう事ができます。
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まとめ
一般的には、苦しい思いや辛い思いをすることが努力で、苦しいとか辛いと思わないことは努力ではないという認識があるのかもしれません。
しかし、苦しくて辛いことを、気合いと根性で乗り切れる人なんて、ごくわずかな人だけです。努力し続けられる人は、たいていそれを努力とは思っていないことが多いです。
自分で努力していると言ってしまう人は努力しているとは言えない、努力しているかどうかは第三者が決めること。
誰の言葉か忘れましたが、目標に向かってやるべきことをやっている人にとって、それは努力という言葉で片付けることではないのかもしれません。
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